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12月, 2025の投稿を表示しています

横山雄個展を都立大学で、グループ展を渋谷ヒカリエで観てめんつゆだけ作る

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( 某日。 エントリー「 前田信明・谷崎一心の二人展を代官山で観る 」の続き。 Lurf Galleryを出る。時間が合えば行こうと思っていた展示が近くで行われているのだがオープン時間前。もう少し遅くLurf Galleryに来ていればオープン時間の後になったかもしれない。正直、そこまで優先順位は高くないのでオープン時間を待たずに移動する。 代官山駅から東急東横線に乗車して都立大学駅で下車する。歩いてnoie extentに行く。開催中の横山雄個展「 I walk in the park every day 」を観る。 展示に寄せられた作家の言葉 「毎日、公園を歩く。ありふれたことでも、小さな秘密のまじないみたいなものだ。公園をぐるりと一周しながら私は地面に落ちている小さな植物を拾って家に持ち帰ったりして、ときに線でなぞる。 公園はみんなのものだ。犬を連れている人もいれば、読書をしている人もいる。輪になってバレーボールをしている人もいれば、鴨の親子もいて、風も吹いている。みんながそれぞれのやり方でここに居る。この場所がゆるやかにまわっているような感じで。 日々の繰り返しは単調なものかもしれない。でもそれは自分と周りの空気や色、声との関係をひとつひとつ確かめることでもある。公園の中でいろんな人がそれぞれの時間を過ごしているように、私たちはかすかに互いの存在を感じ合いながら日々の一部になっているのだと思う。小さなくり返しは単なる出来事でも、たしかに希望や人間らしさを育む土台となる。 この作品はそんな営みを見つめるためのものです。」 noieさんが作った、今回のメインビジュアル作品画像を使用したトートバッグやハンカチも販売されていた。 noie extentを出る。同じ組織が経営している、徒歩1分のところにあるewton本店の小さなギャラリーでも展示が行われている。こちらでは「「不定形なあれこれ」の巡回ツアーの過程で描いた「BODYCOAST」と「conté」の作品を展示します。」とのこと。 巡回していた「不定形なあれこれ」を自分は最初の展示会場であるpopotameにて観て、一つ作品を購入したのだった。そのことはエントリー「 松本藍子個展、横山雄個展を観て横山作品を購入する 」で記している。「conté」作品というのは同名の個展で展示されていたシリーズ。その個展について...

玄関とキッチン周りを整理し粗大ゴミを決め料理を作りおせちを予約し書籍を知る

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( 某日。  終日在宅の日。朝からキッチン周りを中心に片付け作業を行う。棚を整理し、台というかテーブルに置かれていたいろんなものを棚に収納する。テーブルは正方形のサイズ違いのものが3つ、マトリョーシカのように大きさ順に下に収まるようになっている。これら3つとも不要になったので粗大ゴミとして出すことに決める。続いて玄関。スチール製の組み立て式シューラックから靴を取り出して小型のスチール製組み立て式シューラックに移す。先日ブーツ含め靴を何足も処分したのでシューラックは1つで足りるのだった。大きなシューラックを解体して紐で縛る。これも粗大ゴミ。他の部屋から、プラスティックの衣装ケース、竹でできた簡易椅子件物置台、ガラス・スチール・竹によるコーヒーテーブル。これらも粗大ゴミで出すことに決める。 粗大ゴミとは別に捨てるゴミがたくさん出る。捨てる。何も置いていないキッチン空間が広くなりとてもすっきりした。心まですっきりしてくる感じがあるから不思議だ。パートナーにその感じを伝えるとパートナーも同様に感じるとのこと。 Kenny Wheeler with John Taylor and Steve Swallow,  One of Many を聴きながら作業していた。 パートナーの料理を作る。 1ヶ月以上前に買い冷凍してあるおからを使ったチヂミ。生おから、卵、ニラ、にんじん、玉ねぎ、ボイルしたホタテ、干した桜エビ、いりこ節、水、を入れて混ぜる。おからだけだと固まらずボソボソして焼いた時に崩れてしまうので、サイリウムパウダーを適量入れる。入れる水の量を調整しながら。タレはニンニクに漬けたニンニク醤油、煮切り本みりん、臨醐山黒酢、唐辛子、白胡麻搾りかす。トマト。搾ったばかりの白胡麻油とマカダミアナッツオイルで焼く。画像と同量のお代わりがある。ボリュームがありこれで十分な量の一食になる。美味しかったようで何より。 夕方の空。 16:29 16:40 10分の間に目まぐるしく色と明るさが変化する。画像より下は隣の建物があり夕焼けの大部分は建物に遮られてしまって見えない。辛うじて上のような夕焼けを10分程度見ることができるくらいだ。建物ができる前は夕焼けの全体像とまではいかなくても大半部分を目にすることができたのだが。リノベーションを行ったとしてもこちらでは眺望を変えること...

ショールームを見てリノベ無料相談をし菜食カレーを食べ料理を作る

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( 某日。 本日は午後早めの時間にリノベーション会社との初回無料相談を予約している。その前にキッチン・水回りのショールームを見ていくことにする。10時前に外出。 まずはカフェに入りパートナーの珈琲と軽い腹ごしらえを。自分は自宅自炊にて第一食を終えている。 小さなホットサンドとアイスコーヒー。自分もアイスコーヒーを。コーヒーがとても美味しい。 店内。 Meshell Ndegeocello,  The Omnichord Real Book を聴きながら外出していた。お店を出る。交通機関を乗り継いで西新宿駅で下車する。ヒルトン東京を超えて10分弱歩いて タカラスタンダード新宿ショールーム に到着する。予約はしていないけれども自由に製品を見ることができる。 自分は料理が好きで毎日自炊をしパートナーの料理も作るけれどもキッチンについて何のこだわりもない。リノベーションを機に「理想のキッチン」にという考えが全くない。食洗機は不要、ワークトップ素材のこだわりもない。さらに言えば調理器具にもこだわりはない。包丁はダイソーのニューギャラクシーを何年も使っているし鍋類は19年前に買ったIKEAの安いセットをいまだに問題なく使っている。気にしていることはテフロン加工の調理器具を使わないことくらいだろうか。 どのシステムキッチンを購入しても今のキッチンよりも良くなるからそれで十分。一番低価格のシステムキッチンをチェックする。これで十二分。設置してあった最低価格ラインシリーズのモデルキッチン。 このモデルキッチンの価格が記されている。食洗機が付いている。間口も自分が購入するものよりも広い。ワークトップやキッチンパネルなども基本設定よりも良いものが使われている。そういうわけでそれなりの価格になっている。ショールームだからそういうものだろう。基本設定をベースにすればずっと安価になる。それで十二分だとパートナーと一緒に思う。 バスタブは不要なのでシャワーブースモデルを見る。需要が少ないのだろう、一つしかモデルが展示されていない。今の水回りの空調換気が不十分なので浴室暖房乾燥機を導入したいと思っている。そのための最小サイズなどを店員さんにお聞きする。カタログとともに簡潔に説明して下さる。これで十分。 洗面化粧台を見る。これに関してもパートナー・自分ともに何の理想もこだわりもない。低価格の...

清川漠個展、網代幸介個展を新宿で観る

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( 某日。 エントリー「李燦辰展を駒形で観てグループ展を新宿で観る」の続き。 新宿高島屋を地上階から新宿駅側に出て甲州街道の下を渡る。そのまま明治通り方向に歩く。明治通りにあたったところにある建物に入る。8階に昇りAWASE Galleryにて開催中の清川漠個展「 瞼の先に Beyond the Eyelid 」を観る。 照明の写り込みが避けられない画面が多い。 「作品・コンセプトについて」と題された作家による文章 「私は排除を拒み、触れうるすべての未来のために技法を編み出し、制作し続けている。  美術を追求する場から誰も排除されるべきではない。  私は以前からそう信じて、制作を続けてきた。  未来のどんな私であっても、制作を手放さないために、2019年にできた技法、それが「獏嵌(ばくがん)」である。  絵の具を引っ掻き、そこに刻まれる浅い傷。  それは視覚を失っても手でなぞることで描いた線が分かり、力を失っても筋肉に頼らず描くことを可能にする。  私は、美術を求めるすべての者に開かれた場を、誰も置き去りにしない美術を、作り続けたいと願っている。  それは、ただ生きるための技術ではない。  まだ見ぬ未来の私自身と、いまここにいるすべての存在へ向けた、ささやかながら確かな闘いなのだ。」 闘いとしての美術。大変そうだ。 同ギャラリーと地続きのスペースにbiscuit galleryが入っている。共同経営に近い形なのだろう。そのbiscuit galleryにて開催中の網代幸介個展「 内なる神話 」を観る。 立体作品 絵巻物のような作品。窓に面した細い空間に展示されている。正面から作品全景を観ることはできない。横から順に観ていくようになっている。 立体作品 他の作品群。 ギャラリーのサイトより抜粋引用 「幼少期から抱いてきた「もうひとつの世界」のイメージをもとに、絵画、立体、陶器、アニメーション、音楽など多様な表現を行ってきたアーティストです。その作品世界は、作家の記憶や身近な体験に根ざしながらも、「中世で滅びた未知の文明」を記録するという独自のナラティブ(語り)によって展開されます。」「「もうひとつの世界」は、作家の子ども時代の記憶や、影響を受けたものごと、身近な出来事にもとづきながらも、「中世くらいの発達段階でいったんは滅びた、知られざる文明」というナラティブ...