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下北沢でLea Embeli 個展を観てCornell本購入を見送り西荻窪でグループ展を観て料理を作る

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( 某日。 強烈な暑さの中、お昼過ぎに外出する。交通機関を乗り継いで下北沢駅で下車する。コンビニに立ち寄り公的機関への支払いを済ませる。次の支払い通知書が届くのは3ヶ月先くらいだろうか。 下北沢アーツに入り開催中のLea Embeli レア・エンベリ個展「 Venus is the hottest planet 」を観る。セルビアの作家でセルビアと日本を拠点に活動している。 立体作品も展示されている。作家が青森県八戸市で見た縄文土器に感動してインスパイアされて制作した初めての磁器作品とのこと。 平面作品に戻る。 画像一枚目作品がとても良い。 作家の言葉 「私は最近、特に最も古い粘土製の姿で表現されたヴィーナスの様々な形態に魅了されています。これらの先史時代の表現は、大胆な曲線と多様で表現豊かな形態言語を持ち、発見し分析する喜びをもたらしました。ホモ・サピエンスが初めて創造を始めたとき、女性の姿を彫刻しました。そして人間の性(さが)として、その姿は絶えず進化し、完成され、再形成され、何度も再解釈されてきました。 やがてその姿は現在の私たちの時代に至り、必然的にAIの領域へと入っていきました。 私は、ボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』をはじめとした美術史的資料や現代のポップカルチャーから様々なヴィーナスの姿を探求しました。その過程で、心に残る一例に出会いました。私は双子の誕生を発表したビヨンセの写真をAI画像生成モデルにアップロードしました。現代のヴィーナスを表すはずのその画像は、単に元の写真の色褪せたバージョンになるだけでなく、画像生成モデルに根付く偏見を露わにしました。 元の画像は、母性の象徴性と文化的特異性に満ちていましたが、それは平坦化されました。被写体はより淡くなり、無菌的で非現実的な光を放っています。体は左右対称に整えられ、エアブラシで加工されたような形に変わり、子どもたちは完全に消えてしまいました。そこに残るのは母性のイメージではなく、一般化された美と魅力の期待に応えるためのスタイライズされた姿でした。 一方で、非人間的な人工の代理像は、現実の身体が理想化の重圧から逃れられるという意味で一種の救済をもたらすかもしれません。代理像は、他者の客体化する視線を吸収するスポンジのように機能します。 しかし他方で、それは長きにわたり続いてきた表象と消去の問...

横山雄個展を都立大学で、グループ展を渋谷ヒカリエで観てめんつゆだけ作る

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( 某日。 エントリー「 前田信明・谷崎一心の二人展を代官山で観る 」の続き。 Lurf Galleryを出る。時間が合えば行こうと思っていた展示が近くで行われているのだがオープン時間前。もう少し遅くLurf Galleryに来ていればオープン時間の後になったかもしれない。正直、そこまで優先順位は高くないのでオープン時間を待たずに移動する。 代官山駅から東急東横線に乗車して都立大学駅で下車する。歩いてnoie extentに行く。開催中の横山雄個展「 I walk in the park every day 」を観る。 展示に寄せられた作家の言葉 「毎日、公園を歩く。ありふれたことでも、小さな秘密のまじないみたいなものだ。公園をぐるりと一周しながら私は地面に落ちている小さな植物を拾って家に持ち帰ったりして、ときに線でなぞる。 公園はみんなのものだ。犬を連れている人もいれば、読書をしている人もいる。輪になってバレーボールをしている人もいれば、鴨の親子もいて、風も吹いている。みんながそれぞれのやり方でここに居る。この場所がゆるやかにまわっているような感じで。 日々の繰り返しは単調なものかもしれない。でもそれは自分と周りの空気や色、声との関係をひとつひとつ確かめることでもある。公園の中でいろんな人がそれぞれの時間を過ごしているように、私たちはかすかに互いの存在を感じ合いながら日々の一部になっているのだと思う。小さなくり返しは単なる出来事でも、たしかに希望や人間らしさを育む土台となる。 この作品はそんな営みを見つめるためのものです。」 noieさんが作った、今回のメインビジュアル作品画像を使用したトートバッグやハンカチも販売されていた。 noie extentを出る。同じ組織が経営している、徒歩1分のところにあるewton本店の小さなギャラリーでも展示が行われている。こちらでは「「不定形なあれこれ」の巡回ツアーの過程で描いた「BODYCOAST」と「conté」の作品を展示します。」とのこと。 巡回していた「不定形なあれこれ」を自分は最初の展示会場であるpopotameにて観て、一つ作品を購入したのだった。そのことはエントリー「 松本藍子個展、横山雄個展を観て横山作品を購入する 」で記している。「conté」作品というのは同名の個展で展示されていたシリーズ。その個展について...

清川漠個展、網代幸介個展を新宿で観る

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( 某日。 エントリー「李燦辰展を駒形で観てグループ展を新宿で観る」の続き。 新宿高島屋を地上階から新宿駅側に出て甲州街道の下を渡る。そのまま明治通り方向に歩く。明治通りにあたったところにある建物に入る。8階に昇りAWASE Galleryにて開催中の清川漠個展「 瞼の先に Beyond the Eyelid 」を観る。 照明の写り込みが避けられない画面が多い。 「作品・コンセプトについて」と題された作家による文章 「私は排除を拒み、触れうるすべての未来のために技法を編み出し、制作し続けている。  美術を追求する場から誰も排除されるべきではない。  私は以前からそう信じて、制作を続けてきた。  未来のどんな私であっても、制作を手放さないために、2019年にできた技法、それが「獏嵌(ばくがん)」である。  絵の具を引っ掻き、そこに刻まれる浅い傷。  それは視覚を失っても手でなぞることで描いた線が分かり、力を失っても筋肉に頼らず描くことを可能にする。  私は、美術を求めるすべての者に開かれた場を、誰も置き去りにしない美術を、作り続けたいと願っている。  それは、ただ生きるための技術ではない。  まだ見ぬ未来の私自身と、いまここにいるすべての存在へ向けた、ささやかながら確かな闘いなのだ。」 闘いとしての美術。大変そうだ。 同ギャラリーと地続きのスペースにbiscuit galleryが入っている。共同経営に近い形なのだろう。そのbiscuit galleryにて開催中の網代幸介個展「 内なる神話 」を観る。 立体作品 絵巻物のような作品。窓に面した細い空間に展示されている。正面から作品全景を観ることはできない。横から順に観ていくようになっている。 立体作品 他の作品群。 ギャラリーのサイトより抜粋引用 「幼少期から抱いてきた「もうひとつの世界」のイメージをもとに、絵画、立体、陶器、アニメーション、音楽など多様な表現を行ってきたアーティストです。その作品世界は、作家の記憶や身近な体験に根ざしながらも、「中世で滅びた未知の文明」を記録するという独自のナラティブ(語り)によって展開されます。」「「もうひとつの世界」は、作家の子ども時代の記憶や、影響を受けたものごと、身近な出来事にもとづきながらも、「中世くらいの発達段階でいったんは滅びた、知られざる文明」というナラティブ...