Chalie Haden/John Taylor Duoを聴き小林亮平・小林紗織展を観て小林紗織作品を購入する

(
某日。

数日前、都立大学駅からほど近いところにあるギャラリーnoie extentから次の展示のメールを受け取っていた。定期的に伺うことになったこのギャラリーのメーリングリストに登録しているのだった。

その展示がとても気になったので本日観に行くことにする。

10:30頃に外出する。交通機関を乗り継いで都立大学で下車しnoie extentに到着する。

開催中のとても気になった展示は小林亮平 小林紗織 二人展 「人間音楽機」。

「小林紗織は、音楽を聴き浮かんだ情景を五線譜に描き視覚化する試み「スコア・ドローイング」を主に制作しています。
 彼女は聴覚から得た景色を自分の内側にある世界の記録として色や形を用いて表現しており、描かれた作品は人それぞれの記憶や感情、感覚にそっと触れているように感じます。
 本展ではスコア・ドローイングの旧作・新作に加えて、今まで手がけた書籍や雑誌などの装画作品の原画とその表現を用いた新たなシリーズ、本人が8歳から着用していた衣服を用いて記憶や思いの蓄積をこめた刺繍作品などを展示いたします。」

共感覚の持ち主のようだ。

小林紗織 作品群

DMに使用されている作品。





上記引用文で言及されている刺繍作品



一見して惹かれた作品があった。新生活のことを考える。余裕はないけれども購入しても新生活を脅かすことはなさそうだと思う、あるいは思いたい。新生活を脅かしそうになれば、そうならないように生活様式を変えて行けば良い。短期だけれども依頼された仕事があるじゃないか。そう自分に言い聞かせる。

ということで購入する。

購入作品


金銭的制約は別にして、作品購入を決める時に参照するのは、当該作品が、
視覚芸術作品であったとしても、自分の視覚に限らない諸感覚の (記憶の) 総体とある種の感応があるという体の感じだ。この諸感覚の総体は、自分の
これまでの生の中で形成されまたその生を形成している、そのような総体。「ある種の」というのは、諸感覚の総体をその今まで在り方を強固にする方向に感応するのではなくて、その総体が自分の生にとって良い方向に拡充・深化・更新される予兆のようなものが感じられるように感応する、という意味。うまく言葉にできているとは思わない。そのような感じが生じているというだけで、感じの対応物もなければ拡充・深化・更新されたという客観的証拠もない。証拠が必要とされる案件でもないのだろうし、そもそも何が証拠なのかもわからないのだが。

今回の作品も一見してそのような感じが生じたのだった。上掲の他の絵画作品群もそれぞれとても良いと思うのだけれども、そのような感覚は生じなかった。

ギャラリーの方とお話をする。初めてキュレーションを担当している展示とのこと。購入の意向を伝えると初めてキュレーションした展示ということもあってとても嬉んで下さる。さらに在廊していない作家に電話をして下さる。というのもこの絵画作品は、音楽家でもある作家が自分の曲を聴いて描いた作品とのことで、その曲の情報も購入者である自分にお伝えしたいので、との理由だった。曲の情報も得る。ありがとうございます。

どうしてもカンディンスキーを思い出してしまう。カンディンスキーも音 (リズムも含めて) と色の共感覚の持ち主だったと言われている。作品タイトルも音楽から取られたものが多い。composition, improvisation。ギャラリーの方に共感覚のことを含めてカンディンスキーのことを思い出す旨をお伝えすると、ギャラリーの方も最初作品群を観た時にカンディンスキーを思い出したとのこと。共感覚の持ち主にある程度共通する、音と色の変換あるいは照応規則のようなものがあるのかもしれない。

作品図柄内の円形から、ヒルマ・アフ・クリント Hilma af Klint の作品も思い出す。

音の質を表現する言葉として音色という単語がある。音に色。英語の音楽用語ではtimbre、音響心理学用語ではtone qualityやtone colorと言う。語源に共感覚があるということを示すわけではないしそうであることを示すこともできないけれども、興味深いことではある。

共感覚 Synesthesia に関して読んだのは、芸術と科学における共感覚を論じた Cretien Van Campen, The Hidden Sense: Synesthesia in Art and Science (MIT Press, 2010)


くらいだ。出版直後に購入し読了しているから15年も前のことになる。それ以降この話題はあまりチェックしていない。ここ15年で共感覚研究の飛躍的展開はあるのだろうか。

購入した作品の話に戻る。額装には低反射のアクリル板を使っているようで、店の外から好天の外光が反射して差し込んでいるのにあまり反射されていない。ありがたい。

ギャラリーの方から作品受け取りについて、最終日には作家が在廊します、もしお時間があるようでしたら最終日に来ていただいて作家とお話して頂ければと思います、その場合最終日終了後そのまま作品をお持ち帰り頂けるよう手配いたします、との提案がなされる。ありがたく提案を受け最終日に伺うことにする。

作家は「小指」名義で物書き・漫画家としても活動されているようだ。知らなかった。書籍も販売されている。例えば偶偶放浪記 (白水社、2024)


軒並み絶賛されている。

自分はそもそも展示のDMメールを見て初めて作家の名前を知った。作品を観たのもDM掲載作品が初めてかつ唯一のものだった。それでも興味を持ち作家について調べることなくギャラリーに来て、予備知識なしで作品を観て購入を決めたのだった。新生活下でそれほど余裕があるわけではないけれども。

続いて。

「宅録音楽家の小林亮平は、ツポールヌ名義で音楽を作り、自身の音楽のためのジャケットデザインとしてドローイングを描き、さらには自ら楽器も制作しています。
複雑な線や形が紙の上で自由に増殖し、小林亮平の脳内イメージが今にも動き出すようです。
 本展では、渋さ知らズの新作アルバム『渋吼』のジャケットにも使用された作品や自作楽器も展示いたします。」

小林亮平 作品群






上記引用文で言及されている「渋さ知らズの新作アルバム『渋吼』のジャケットにも使用された」作品


ギャラリーの方の話によると、渋さ知らズの方が小林紗織さんとSNSを介して繋がっており、小林紗織さんが小林亮平さんのこの作品の画像を掲載したところ、その渋さ知らズの方がこの作品を渋さ知らズの新作アルバムの内容にぴったりだと感じてジャケットに使用したい旨、小林紗織さんに連絡をして結果使用された、ということだった。

そういう繋がりがあったためだろう、この展示で合わせてギャラリー内で渋さ知らズお二方のライブが行われたそうだ。贅沢な時空間だっただろう。

渋さ知らズの贅沢なライブで思い出した。10年近く前のこと。渋さ知らズが急遽3人で吉祥寺の曼荼羅1にてライブを行う旨の告知をたまたま見て行ったところ、観客も3人しかおらず3対3でじっくりと聴いたのだった。ベースの不破さんが観客が3人しかいないのを目にして「帰らないでね〜、ちゃんと演奏するから〜」と言っていたのを思い出す。大編成での渋さ知らズは何度か聴いていたのだが、3人という小編成は初めてで、しかも観客も3人という、こちらも贅沢な時空間だった。

noie extentから徒歩2分くらいのところに、noie extentの母体である額縁・額装店newton本店がある。その店内にもう一つ小さなギャラリースペースがありそこでも小林亮平・小林紗織 二人展が行われている。

観る。

小林紗織


小林亮平

外出してからギャラリーまでは

Chalie Haden & John Taylor, Nightfall


を聴いていた。大好きな2人による大好きなアルバム。もう2人ともいなくなってしまった。

6:00 起床。

グラス一杯の水を飲んで柱サボテンとボトルツリーをヴェランダに出す。

 

シャワー。

 

大きめのカップに珈琲を淹れる。オーガニック豆 20g260ml。飲みながら読書。


スロージョギング。腕立て伏せ10x 10セット。

 

9:00-9:30 第一食。自炊。マグネシウム (にがり顆粒 2g)、ビタミンB (Dear-Natura Mix)、ビタミンC (L-アスコルビン酸 1.5g)、ビタミンD3 (Health Thru Nutrition 10,000Iu)、亜鉛 (Dear-Natura, 14mg)、ルテイン、ゼアキサンチン、コリンサプリ、タウリンサプリ (1000mg)、ナイアシンアミド (500mg)イヌリン粉末 6g、グリシン粉末 3gを摂取。

 

ストレッチ。ホットココア (オーガニック、非アルカリ処理)


雑用、外出。

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