『「社会正義」はいつも正しい: 人種、ジェンダー、アイデンティティにまつわる捏造のすべて』を読む

(
某日。

Henning Schmiedt, Klavierraum; などを聴く。





最近邦訳も出たようだ。

前3回のエントリーに継続する関心からのみこの書籍に触れる。

内容についてはこちらの素晴らしいサイトを参照。


著者の立場は、理性・科学・客観的な証拠、一貫した倫理的原則を重視するリベラリズムを支持・擁護するもの。

“liberalism, despite its shortcomings, is simply better for humans” “Don’t stop believing in liberalism, science, reason, and progress. Instead, make a concerted effort to defend evidence-based knowledge [i.e., science], reason, and consistent ethical principles” (p. 247).

支持擁護するリベラリズムの特徴として例えば次のように記されている。

“The main tenets of liberalism are political democracy, limitations on the powers of government, the development of universal human rights,… respect for [science-based] evidence and reason” and so on (p. 11).

著者の科学と理性観。科学と理性は、リベラリズムの議論を裏付ける (strengthen) ために、そして理性と科学を拒絶する保守的なあるいはポストモダン議論の誤りを暴く (debunk) ために、使うことのできる情報を提供しうる。

“Science and reason can provide information that we can use to strengthen liberal arguments and debunk both socially conservative and postmodern ones” (p. 254; 強調原文).

科学と理性の重視ということで、前3エントリーで言及してきた、科学的に明らかになりつつある人間像が政治理論に持つ含意・論点が吟味されているかと思ったけれども、ここでもされていない。

例えばfree willの実在についての科学的見解は吟味されていないどころか触れられてさえいない。free will という単語すら出てこない。

唯一、Jonathan Haidtについては手短に言及されている (p. 254 and note 28 on p. 270)。Pluckrose & Lindsayは科学的に明らかになりつつある人間像がどういうものなのか、実は知っているということだろう。

とすると、前回の投稿でも引用したHaidtによる理性能力理解と、Pluckrose & Lindsayが信頼する理性とはどう折り合いがつくのだろうか。

Pluckrose & Lindsayが信頼する科学と、科学的知見に基づく人間像 (自由意志はない、など) とは両立するのだろうか。科学を信頼するのであれば科学的人間理解を採用すべきではないのだろうか。ないのであればそれはなぜだろうか。

確かに、“Science and reason can provide information that we can use to strengthen liberal arguments”という側面はあるだろう。だが、Pluckrose & Lindsayが適切にも “can provide”と書いているように、“Science and reason can also provide information that we can use to debunk liberal arguments”ということもありうるだろう。なぜ前者には触れるのに後者には言及されないのだろうか。 

あるいは“socially conservative and postmodern” な議論はその誤りが暴露されうるのに (debunk)、liberalismの議論はそうではない、ということだろうか。それはなぜだろうか。後者は倫理的・道徳的に「正しい」、「だから」その議論が誤りである「はずはない」、あるいは誤りであることを暴露「すべきではない」、という憶断がすでに潜んでいるということはないのだろうか。

Pluckrose & Lindsay のHaidtへの言及は、彼らがリベラリズムが前提とする人間像の誤りを暴きうる、あるいはその人間像に重大な疑問を投げかける科学的議論を知っていながら、おそらく都合が悪いので論じるのを避けた、ということを含意しているように見えてしまう。

ここまでの4投稿で取り上げた著者の書籍に関する限り、科学者側は科学的に明らかになりつつある人間像とその社会的含意について論じるのに対し、政治理論・哲学側はそうした科学的人間像と含意についてほぼ沈黙している。

Political Philosophy は科学的知見に基づいた人間理解と折り合わないのかもしれない。

6:00 起床。

グラス一杯の水を飲んで柱サボテンとボトルツリーをヴェランダに出す。

 

シャワー。

 

大きめのカップに珈琲を淹れる。オーガニック豆 20g260ml。飲みながら読書。


スロージョギング。ゆっくり腕立て伏せ10x5セット、合計50回。

 

9:00-9:30 第一食。自炊。マグネシウム (にがり顆粒 2g)、ビタミンB (Dear-Natura Mix)、ビタミンC (L-アスコルビン酸 1.5g)、ビタミンD3 (Health Thru Nutrition 10,000Iu)、ルテイン、ゼアキサンチン、コリンサプリ6錠、イヌリン粉末 5g、グリシン粉末 3gを摂取。

 

ストレッチ。ホットココア (オーガニック、非アルカリ処理)

 

As usual, with music on in the background, looked slowly and carefully at paintings, textiles, pottery, cloisonné, and a metal-casting sculpture in home, renewing, giving rhythm and harmony to, my sensations. 

  

Organic Psyllium Whole Husk Fiber 5g を水に溶いて飲む。

 

15:30-16:00 第二食。自炊。亜鉛 (Nature Made 10mg)、ビタミンC (L-アスコルビン酸 1.5g) を摂取。

 

総脂質摂取量約 155g  (オーガニック・エクストラバージン・コールドプレス・ココナッツオイル 40gMCTオイル (C8) 10g、オーガニックエクストラバージンオリーブオイル 20g、魚から25g、アボカドから18g、マカダミアナッツから 35g、えごまの実から 4g、他)

 

総野菜摂取量約 900g

 

総食物繊維摂取量 50g ほど。

 

総タンパク質消化吸収量 50g 程度 (摂取量に対する消化吸収率を考慮)

 

摂取 Net Carb (炭水化物マイナス食物繊維量約50g


オーガニック生姜粉末を溶いた熱い生姜湯を飲む。

 

マグネシウム (にがり顆粒 1g) を摂取、Coconut oil pulling、軽くストレッチ、就寝。

)


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